そんな今日この頃でして、、、

コード書いたり映画みたり。努力は苦手だから「楽しいこと」を探していきたい。

『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』感想

なまじTVシリーズには批判的な感想ばかり書いてしまった手前、ちゃんと最後まで追うのが作品に対する誠実な態度だろうということで劇場まで行ってきた。



TVシリーズがあまり口に合わなかった手前、正直いえば期待値低めだったのだが、蓋を開けてみれば中々楽しめた。

SFサスペンスを期待すると物足りなさは感じるものの、アクションものとして見れば限られた尺の中にも見所がかなり沢山あり、また映像もかなり力が入っており見応えがあった。


表情の機微

完全に趣向の問題ではあるのだが、僕はサイコパスのキャラクターのデザインはのっぺりしていて重厚なドラマには向かないような印象を持っていた。

今にして思えばだけど、物語がゴリゴリのハードボイルド路線であるのに対してキャラ絵が「軽く」感じてしまったことが、僕が同シリーズに入り込めなかった要因の一つだったように思う。

だが、このあたりは流石の劇場版ということか、大画面にも負けない表情の機微の表現にまずは驚かされた。

1期当初はフワフワ系女子然としていた常守朱が修羅場をくぐり抜けてタフになり、それでもまだ内に弱さがある感じがよく出ていた。


ガジェット・メカ

ビジュアルあるいは物語上あまり推されてなかった故にそう感じる機会も無かったのだが、実は冷静に比較してみるとサイコパスの世界の科学レベルって攻殻機動隊のと同等かもしくはそれ以上なんだよな。

今回の劇場版では各種ドローンや多脚戦闘車両、そしてサイバネ義肢なんかが要所要所で大活躍し、個人的にはかなりグッと来た。

ダンゴムシの動きはなかなかおもしろかったし、軍事ドローンが飛び回る戦闘の描写は見応えがあった。

このあたり流石は攻殻機動隊シリーズのProduction I.Gである。

そして新鮮だったのが、主人公側が義体化していない生身vsサイバネ強化された敵との格闘だろう。

身を捨てるという選択肢のない緊張感と緻密かつスピード感ある描写で「これでもか!」というぐらいシラットの体術の美しさを味わうことができた。


とはいえ話には不満がいくらか

さて、そんなわけで映像としては大満足ではあったのだけれど、話の本筋についてはやっぱり不満があったことを述べねばなるまい。

シビュラシステム、要りましたかね?

サイコパス世界の「前提」なので、これは究極的には見る側が受け入れるか否かの問題になってしまうけれど、この劇場版でもやはり「シビュラシステムが無いと治安が保てない」という部分に説得力が感じられなかった。

TVシリーズからだけど、作中全く「潜在犯やばいぜー」の実際的な描写がないため、犯罪係数に関わらず危ない人は危ないだけな印象を受けてしまう。

劇中「犯罪係数高いけど危なくない人」と「危ないけど何かしらのカラクリで犯罪係数低い人」たちは沢山出るんだけど、そうじゃなくて先に「危なくなさそうに見えるけど犯罪係数高くて、やっぱり危なかった人」が必要な気がするんだよね。

そんな信用できるのか良く分からない尺度が世界のコンセンサスとして受け入れられているらしいということに、どうしても入り込めなさを感じてしまう。

シビュラってそんなに「いい人」でしたっけ?

そして、肝心要のオチの部分につながる話ではあるけど、シビュラシステムが「最大多数の最大幸福」を志向する理由が良く分からない。

これがAIだったなら「原理原則に忠実」とかそういう理屈付けで理解できるんだけど、奴らってもっと現金な存在でそこまでお節介を焼くような印象がない。

TVシリーズであんなに自己保存のために恣意性ある動きをするシステムだったことを鑑みると、むしろ独裁政権を積極的に支援して外部の安定を取るとか、そういう方向の方がシリーズの感じからすると違和感無かった気がする。

大体あれだけのことができるなら、あんな周りくどくて危うくて内政干渉の誹りを受けかねない手段を取らないでも、もっと緩やかに侵略できたのではって気がする。

作劇上致し方無いとは思うんだけど、どうにもオチは力技過ぎるなという感想になる。



話を構成する上で多少の無茶は致し方無い所。

ある程度気を利かせて考えるならそれなりに面白いテーマ性であるといえるかもしれない。

自己保存のための利他的な侵略というと、アメリカが中東で現在進行形で行っている「民主化」を旗印とした戦争を彷彿とさせられた。

もちろん原油がどうとか軍需産業がどうとかいった政治的に後ろ暗い部分だってあるだろうけど、それを加味しても副次的にでも現地住民に利益になる部分もあればそれなりの大義にはなる。

外部の安定した統治はひいては自国の安定にも繋がる。

社会的な損失を上回る社会的な便益があれば、それを「善」と定義できるのか。

「建前」を受け入れて実利を取るか、そこで取りこぼされるものに目を向けて「本音」を貫くか。


TLで見かけてハッとさせられたのだけれど、近年の虚淵さんの作品て「必要悪との共存」みたいなテーマが内包されているといえるかもしれない。

本作は尺の短い劇場作品故に、そのあたりがシンプルながら力強く表現されている。



あと思ったこと。

宜野座さん、常守に目をかけるのも良いけど、もう少し霜月の面倒見てやれよ・・・

キャラクターポジション的に1期の自分と近いはずだから、もっと絡みがあっても良いのに。