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そんな今日この頃でして、、、

コード書いたり映画みたり。努力は苦手だから「楽しいこと」を探していきたい。

『イミテーション・ゲーム』感想

映画 ヒーロー・英雄

ネタからして渋好みの地味な作品になってるんじゃないかと思ったら、良い意味で裏切られた!

伊藤計劃氏の作品の雰囲気が好きな層には刺さるんじゃなかろうか。


クラシカルで時代感を反映しながらも各人の個性が出ているスーツ衣装、いつ来るとも知れぬ空襲に備えた戦時の街並み、蠢動する巨大な計算機械、いずれ劣らぬ名優が演じるアクの強いキャラクターたち。

この映画は絵面からしてツボだった。


だが映像面だけじゃない。

いわゆる伝記映画的な退屈さのイメージを吹っ飛ばすスリルある展開。

そして、逸脱してしまった人間の苦しみ。

あらゆる要素において観ていて面白い映画だった。


暗号の解読

秘密の通信を行うというアプローチとして一番単純なのは通信の存在そのものを隠匿することであるが、技術レベルが拮抗している国同士の近代戦争においてはこれを実現するのは難しい。

信頼性が十分にあり目的に適う通信手段となると数は限られてくるし、手法なり機器なりが流出してしまえばそれで終わりだ。


そこで考えられるのが暗号化により通信内容が傍受されても読み取れないようにする方法。

特定のルールで文字列を変換して送り合うということだ。

ごく直感的な手法としては予め復号のアルゴリズムとパラメータ(鍵)を通信者間で共有しておくという方法がある。(これは共通鍵暗号方式という)

古典的な例でいえば「通信に使うアルファベットをそれぞれ5文字ずつ後ろにズラす」みたいなルールを予め共有しておくというのがこれにあたる。(これはシーザー暗号と呼ばれる方法)

この場合「後ろにズラす」がアルゴリズム、「5文字」が鍵にあたる。

傍受し解読する側としてはまずアルゴリズムを特定し、例えばアルファベットの出現頻度などから鍵を逆算するか、もしくは鍵を順に変えていってそれらしいものを探すという力技を使うことになる。

通信の秘密を守るという意味ではアルゴリズムを秘匿できればそれに越したことはないが、多人数に共有しなければいけない以上、さまざまな経路から露見しうることを前提にしなければならない。

暗号の高度化とはすなわち、いかに逆算が難しいあるいは総当りに時間がかかるようなアルゴリズムを編み出すかということである。


エニグマはアルゴリズムを機械化・高度化して逆算を難解にすると共に、予め共有しておいた日毎の鍵を用いてメッセージ毎の鍵を通信し、それを用いて本文を送信するという手法をとった。

このためエニグマが鹵獲されてアルゴリズム自体は判明しても、作戦が実行されるまでの時間に人手ではとても鍵が特定できなかったのだ。

そこでチューリング達は、メッセージに確実に含まれるであろう単語を基に、暗号文から鍵を総当りして探し当てる機械を作ったのだ。

alg(暗号の天気っぽい部分, key1) = MOTHER # NG
alg(暗号の天気っぽい部分, key2) = FATHER # NG
…
alg(暗号の天気っぽい部分, keyX) = WETHER # BINGO!!
↓
keyXで全文を復号

(劇中の「追い詰められる→酒場で固定文言を対象にすればいいと思いつく」の流れは創作だったんじゃないかなと思う。 総当りをさせる以上は最初から答え合わせができなければいけないわけで、機械設計時にその発想が無いわけがない。)


余談だけど暗号関連の話だと、昔思い立って読んでたんだけど「暗号」が分かりやすくてお勧め。

暗号 情報セキュリティの技術と歴史 (講談社学術文庫)

暗号 情報セキュリティの技術と歴史 (講談社学術文庫)

特に共通鍵暗号の弱点を克服したインターネットで広く使われている公開鍵暗号の原理あたりは刺激的である。


英雄とは

そんな感じで中盤まではイメージ通りいかにエニグマを破るかが主題だったのだが、終盤に入り雰囲気がガラッと変わる。

ソ連の影、MI-6の思惑といったスパイ映画の様相をみせる。

そして、「解読できたこと」自体を味方にすら秘匿し、全体の勝利のために個の取捨選択を行うという重責。

時代も立場も違えど『アメリカン・スナイパー』のカイルとも共通する、人一人で抱えるには重すぎるプレッシャー。

『アメリカン・スナイパー』感想 - そんな今日この頃でして、、、


近代社会における英雄とは、社会にとっての利益を最大化する行為を行う者、即ち全体意思の体現者であるといえる。

だが、算出による数値が本当に全体意思といえるのか?

全体意思に従うことが時には人間性の逸脱になるのではないか?

昨今統計学がビックデータだデータサイエンスだと持て囃されているが、それについて連想してちょっと考えさせられた。

(このあたり昔読んだ『一般意思2.0』思いだした。個を捨て全体意思にのみ従うということは、ともすればディストピアに繋がる。)

『一般意志2.0』読んだよー - そんな今日この頃でして、、、


それにしてもツイードジャケットの一着でも欲しくなる映画だった。