ここ2・3年、コンピュータの計算能力の向上もあってディープラーニングなどの機械学習が目覚ましい成果を上げるようになってきた。
Alpha Goが世界でもトップクラスの棋士を破ったニュースが衝撃を持て報じられたことは記憶にも新しい。
(『盤上の夜』の感想でもそんなことを触れてたっけな)
ひどく大雑把な解釈になるが、経験則・感覚・直感といった定式化できないものをコンピュータに実装可能になったと表現できるかもしれない。
だが、「定式化できない」ということは即ち「プログラムを作成した人間にも解釈できない」ということを示す。
SF者としては、そこに不気味さとロマンとを感じずにはいられない。
(このへんが上手いなーと思ったのは『エクスマキナ』。円盤も買ったし、また改めて感想書きたいかも。)
もはや空前の人工知能ブームといっても差し支えない時分であり、 創作の世界でもそれに触発されたような作品は多く作られている。
・・・いるのだが、それらが必ずしも現代的な人工知能観を反映できているかというと、 残念な出来のものも少なくはない。
今成果を出しているものは特定の課題に対して対処するいわゆる「弱い人工知能」であり、 昔のSFに描かれるようなあらゆる課題に対して人間のように思考できるような「強い人工知能」ではない。
「弱い人工知能」の延長上に「強い人工知能」が成し得るか否かは色々な見解があるところだが、 いずれにしろ「近未来」レベルでは難しいだろうと思う。
このあたりを踏み違えてあまりに現実を逸脱したようなものを現代的な舞台にもってこられると、 特にITエンジニアとしてはどうにも乗り切れない気持ちになってしまうのだ。
(もっともこれは創作の世界に限った話ではなくて、 ビジネスの世界でも半ば意図的に混同してマーケティングワードとして使用してたりするから質が悪い)
何の補助線もなしに「強い人工知能」を登場させてしまうと嘘くさくなるが、 あくまで道具としての「弱い人工知能」を普通に描くだけでは一向に人類は危機に瀕してはくれない。
そういう意味で、現代のSF作家にとって人工知能という題材は鬼門なのかもしれない。
(突然ルンバが人類に反旗を翻したり、Siriが核の発射コードを乗っとたりするような話にはリアリティを感じられない。 一方でスマホという身体により人類に寄生し、あらゆる情報を捕食しようとするGoogleシステムの話ならば面白いかもしれない。)
さて、前置きが長くなってしまったが、 そんな人工知能を題材とした短編小説+研究者の論考を集めた『AIと人類は共存できるか?』というアンソロジー本が出版された。
- 作者: 人工知能学会
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/11/12
- メディア: 単行本
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収録作品は
- システム開発に携わる主人公のとある疑念からはじまる、倫理をテーマとした「眠れぬ夜のスクリーニング」
- 分裂したアメリカを舞台に人工知能の可能性をめぐる、社会をテーマとした「第二内戦」
- 政策決定に人工知能を用いることによるゴタゴタを描いた、政治をテーマとした「仕事がいつまで経っても終わらない件」
- 人工知能が人類を超越した存在となった時何を思うか、信仰をテーマとした「塋域の偽聖者」
- 人で無いものが芸術を解するか、芸術をテーマとした「再突入」
この中でも特に個人的に面白かった「第二内戦」と「仕事がいつまで経っても終わらない件」について感想を述べたいと思う。
「第二内戦」
個人的に推し作家でもある藤井太洋氏の作品。
アメリカを二分するほどの激戦となった大統領選。
その遺恨はより強い反発となり、「お利口さんたち」の支配を逃れ自由を信奉するアメリカ自由領邦が生まれた。
領邦内では「古き良き時代」を懐古し、自動運転車などのあらゆる人工知能技術が禁じられていた。
だが、証券取引AIの開発者であるアンナは領邦内で自らの開発したAIが不正に使用されている痕跡を見つける。
アンナは探偵ハルと共に潜入調査を開始するのだが・・・
舞台立てが実に面白い!
流石に大統領選の勝敗については予想を外してしまったようだが、 この「自由と懐古のディストピア」という発想には新鮮があったし、 世情を顧みれば全く突飛なものともいえないのではないだろうか。
かくいう我が国だって、「脱成長、江戸時代に戻ろう」なんて寝言を主張する老人もいたりするからそうそう笑い飛ばすこともできない。
テクノロジー面の描写に関しては、舞台設定に対して少し飛躍が過ぎるかなとも思うが、 それでもリスクを認めつつ希望を描く氏の作風の良さは健在で読んでいて実にワクワクできた。
「仕事がいつまで経っても終わらない件」
思い返してみれば、『伊藤計劃トリビュート』の「怠惰の大罪」でもAIを題材とした作品が非常に面白かった長谷敬司氏の作品。
憲法改正という大役を押し付けられ、総理大臣大味吉彦はこの難しい局面の舵取りに人工知能を用いることした。
国勢調査などのデータから支持率の上下を推定し、最適な政策や答弁を人工知能に推計させる。
だが、現状の人工知能は万能ではない。その裏には血と汗の滲む現場があった。
シン・ゴジラの冒頭を思わせるコミカルな政治劇の中に、 本アンソロジー内でも最も技術的な飛躍の無い人工知能観を盛り込まれている。
バズワード的に「人工知能」を関するものが氾濫している昨今だけど、 今の技術水準では結局のところ最終的に数値計算として解釈できる課題しか扱うことはできない。
だが、世の中の問題というのは必ずしも綺麗なインプットデータとして出て来るわけではないし、 演算結果だって人が読み取りやすいものであるとは限らない。
となればそのギャップはマンパワーを投入して埋めるより他にない。
「仕事は機械に任せて人は遊んで暮らす」幻想はどこへやら、 機械のために使役される構造がそこに生じるのだ。
いやー、しかし、長谷さんの作品はいくつか読んでるけど、 色んな文体で書ける芸達者ぶりにも人工知能まわりの造形の深さにも本当に感心させられる。
先の「怠惰の大罪」も四章で一本の長編の中の一章として企画されたものらしいし、出版されたら是非とも読んでみたい。
そんなわけで、政治劇からアクション、シリアスからコミカルまで、バラエティ豊かな一冊だった。
正直なところ技術的な認識がちょっと怪しいなって感じの作品もあったし、 最初に述べたような過剰な飛躍を感じて萎えてしまうものもあったけど、 それでも全体としては刺激的で楽しめた。
- 作者: 人工知能学会
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/11/12
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