「おすすめのSF小説」みたいな話題でよく挙げられているし、 表題作を映画化した『メッセージ(原題はArrival)』が今年5月には日本でも公開されるということで、 これはそろそろチェックしておかねばなるまいと思い読んでみた。
そういえば『バーナード嬢曰く。』でも触れられていた気がする。
本作は8つの作品からなる短編集であり、 言語SFから能力バトル、ドキュメンタリーにスチームパンクとそれぞれが全く味わいの異なるものが収録されている。
それでもあえて共通性を見出すならば、 物語の根底にどこかアカデミックな雰囲気が感じられることだろうか。
- 作者: テッド・チャン,公手成幸,浅倉久志,古沢嘉通,嶋田洋一
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2003/09/30
- メディア: 文庫
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示唆に富んでいて読み応えのある一冊だった。
そんなわけで特に面白かった作品の紹介と感想を3つほど。
「あなたの人生の物語」
ある日、軌道上に異星人の船団が現れ、それと同時に地上にも多数の人工物が出現した。
その姿見のような物体は通信を行う装置らしく、 異星人の目的や対話の可能性を探るために言語学者バンクス博士が招集される。
彼女は異星人と困難な対話を重ねる中で、 彼らの言語体系が我々の「線形」なものとは全く異なることを理解していく。
彼らの言語を学ぶうちに博士の世界観の認識にも変化が現れ・・・
『コンタクト』のような異種知性体との対話ものではあるが、 単にそのシチュエーションだけに留まらないSF的「認識の前提を突き崩す快感」が用意されているから面白い。
- 発売日: 2013/11/26
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頭から始まって腹があって尻尾で終わる魚から進化した我々の文化は、 その形質同様に線形ものとして世界を認識している。
言葉も時間も一方向に流れるものとして理解している。
だが、全く異なる形質をもった知性体ならばどのような世界の認識の仕方をし、 どのような言語体系を築くだろうか。
このあたりの想像力の積み上げ方が理論的で、 子供の頃に百科事典で知らない世界の一端に触れた時のような知的好奇心をそそられる雰囲気があった。
「理解」
事故により脳に損傷を負った男に対して、医師たちは試験中のある薬剤を投与した。
その効果は予想を遥かに超え、男は次第に常人を超えた知力を発揮するようになっていく。
実験動物として扱われることを恐れた男は逃亡し、 人知れずその能力を更に高めることに邁進する。
だがある日、彼と同等の力を持つ男が現れ、 ついにはその能力を用いた決闘が始まる・・・
普段「頭の良さ」と表現される力にも分解してみると色々なものがあって、 記憶力に物事の規則性を見出す力、逆に異質な部分を見つける力にそれらを体系的に結びつける力、 そして活用して演繹する力なんかがある。
もしこれらが全て増強されたなら 普段何気なく見過ごしているあらゆる事象から何らかの洞察が得られるかもしれないし、 それを用いて常人では思いもよらない ―――それこそ超能力とすら表現できてしまうような力が得られるかもしれない。
男の知力が増強されていく様や超知力を持つ者同士の人知を超えた戦いはさながら能力バトル漫画を読んでいるようでワクワクさせられた。
「顔の美醜について: ドキュメンタリー」
およそ大抵の人は顔について何かしらのコンプレックスを抱えているものだろう。
自信を持って自分の容姿が恵まれていると言い切れる人もそうはいないだろうし(というかそういう人はちょっと嫌だ)、 実際に恵まれていたとしてもそれはそれで悩みがあるに違いない。
そして否が応でも他人の見た目には影響を受けてしまう。
どんなに意識しまいと思っていても美人を目で追ってしまうし、 自分でも認識できない領域で美醜によって他人を選別してしまっているに違いない。
本作はそんな人の美醜の判別を人工的に阻害する手段ができた時代、 それを大学への導入するか否かをめぐる選挙活動をインタビュー形式で描いた作品だ。
舞台装置としては『The Indifference Engine』の人種認識を阻害する処置を彷彿とさせられるところだが、 あれをより一般的に想像しやすい領域に適用したものといえる。
The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 伊藤計劃,岡和田晃
- 出版社/メーカー: 早川書房
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作中でも処置の賛成派・反対派が激論を繰り広げるところだが、 果たしてその場にいたならどちらにつくか、自分でも答えが出ない。
突き詰めて言えば「非合理性」は人を不幸にもするが、 快楽もそこから生まれるのだ。
今回紹介した以外にも「地獄とは神の不在なり」には3.11以降みられた災害と人の善悪を結びつけたがる人々が思い出されてちょっと考えさせられるものがあったし、 「人類科学の進化」の人類を超えた知性が登場したときのIFはなんとなくディープラーニングが特定の領域においては人間以上の判断ができるようになった今だからこそのリアリティを感じられた。
最初に述べたようにとかく全ての作品が個性的で、 読んでいて非常に満足感が得られる一冊だった。
- 作者: テッド・チャン,公手成幸,浅倉久志,古沢嘉通,嶋田洋一
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2003/09/30
- メディア: 文庫
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そういえば「理解」も映画化の予定があるそうで、『メッセージ』ともども上映の暁には劇場に足を運びたいところ。