そんな今日この頃でして、、、

コード書いたり映画みたり。努力は苦手だから「楽しいこと」を探していきたい。

小説『君のクイズ』感想

本作は競技クイズを題材としたミステリー。

クイズ競技者の三島玲央は、生放送のクイズ番組の決勝でタレントの本庄絆に不可解な敗北を喫する。

早押しクイズにおいて、本庄は設問が1文字も読まれないうちにボタンを押して正解を言い当てたのだ。

その衝撃的な「0文字押し」は波紋を呼び、世間を巻き込んだヤラセ疑惑となるが、本庄は沈黙を続ける。

三島は競技者としての矜持から調査を進めていく中で、クイズを通じた自身と本庄絆の人生が照らし出されていく。


競技としてのクイズ

本作の魅力の一つが競技クイズの描写。

クイズとは何かと問えば、一般な回答は「記憶した知識量を競うもの」となるだろう。

だが、競技となるとルールからのリスクとリターンの計算や、設問セオリーや出題傾向からの推測などのゲーム的な駆け引きが必要になってくる。

特に早押しにおいては読み上げられた文字列から符合しうる回答を絞り込んでいく連想力の勝負になってくる。

このあたりの描写なんかは個人的に興味を持っているLLMの「文章の断片から先に続くべき単語を予測する」という推論プロセスとも重なって見えて面白かった。


また一方で、「記憶」というもの自体が「連想」と結びついたものでもある。

記憶力を司るシナプスのつながりは経験により作られ連想により強化される。

真実にたどり着く間際、三島はクイズとは体験してきた人生のぶつけ合いであると気づくのである。

クイズと人生というとスラムドッグ・ミリオネアを思い出した。


HowdunitからWhydunitへ

正直に言えば本作の「どうやって」のタネ自体に関しては想像の域を超えては来なかった。

だが、そこから本庄が「なぜ」それをしたのか、動機の謎を追う展開への転換が起こるから終盤が飽きさせない。


メタゲームのメタゲーム

競技クイズの描写がなぜ面白いと感じたのか自己分析をしてみると、それまでクイズというものを「1問1問の正誤」のレイヤーでしか見れていなかったのが、視界が広がり一段上の真剣勝負としてのレイヤーが見えるようになったことにあると思う。

その視点に立って今一度物語を解釈するならば、本庄絆のしたことは、番組の成功と「天才タレント」のプロデュースを狙う坂田という一段上のレイヤーへの挑戦であり、さらにはそういった「役割」を期待する世間との対戦なのだ。


作中の三島同様にそういうレイヤーをスカした感じの物語性を嫌う感想なんかも見かけたし、それはそれで誠実な態度だと思うんだけど、僕はこういう価値観を突き崩される体験というのを面白いと思うわけで、読んでいてかなりグッと来るものがあって良かったと思っている。