評判どおりの良作だった!
これまで幾度となく映画化されてきたスーパーマン。
個人的には『マン・オブ・スティール』の神々しい描写が大好きで、だからこそ今作のポップなノリには不安もあった。
だが、確かにこれまでの作品とは方向性が違いつつも、スーパーマンらしい良さも持ち合わせていたように思う。
本作ではジャスティスギャングの面々のようにスーパーマンの他にも世界の平和を守るヒーローが活動していて、
その仲間のいるスーパーマン像が新鮮だった・・・と鑑賞時のメモで書いてて、自分が無意識に直近のジャスティスリーグ作品を無かったことにしていて我ながら笑ってしまった。
だが実際ジャスティスリーグ作品におけるスーパーマンと他のヒーローの関わり方って、「仲間」というよりは「切り札」というか、完全に舞台装置としての扱いだったと思うんだよね。
良くも悪くもスーパーマンは孤高の存在であり、等身大のヒーローと馴れ合うことができない感じ。
その点で、本作のグリーン・ランタンやミスター・テリフィックとの軽口は交わしつつも互いにリスペクトがある関係性というのは新鮮に映った。
常に意見が合うわけではないけれど、いざとなれば助け合える存在。
そういった関係性を描くためには適切にスーパーマンをピンチに陥れることが必要なんだけど、レックス・ルーサーの凶悪さの描き方も見事。
改めて振り返るとメディアによる人々の不信を煽るという戦略もクリプトナイトによる弱体化もプロット自体は過去作とも共通するが、
それでもよっぽど本作の方が効果的に悪質に使われていた。
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そして、そのピンチを打開したのは仲間との連携であるところに作品の方向性の違いが表れている。
DCの過去作の話でいうと、重厚でダークなノリの作品は雰囲気抜群で良いのだが、一方で、MCUを意識したコミカルなノリは概ね空回りしていた印象があった。
本作は重苦しくなりすぎない明るい雰囲気にはしつつも、かといってヒーローがふざけてるかのような「ほら、ここで笑ってください」的なしつこい演出がなく自然なやり取りの中で消化しているのが良かった。
それらの描写はスーパーマンを親しみやすい存在として描くことに成功しているが、それでいて絶対的な善性や気高さなんかを茶化したりはしない塩梅が絶妙なんですな。
自らの生まれや立ち位置に悩みながら、それでも常に善であろうとする意志。それこそがスーパーマンの尊さなんだよなあ。
また、それと同時に粗野だが根は良い奴なガイ・ガードナー、どこまでも理知的なミスター・テリフィック、血の気の多いホークガール、正義に目覚めたメタモルフォ、そして何よりスーパードッグ・クリプトの全員に好感を覚えることができたのは、今後の作品展開を考えると素晴らしい采配だったと思う。