そんな今日この頃でして、、、

コード書いたり映画みたり。努力は苦手だから「楽しいこと」を探していきたい。

小説『ファイト・クラブ』感想

『ファイト・クラブ』といえば映画がカルト的な人気を誇り、 一時はそれをもじったような番組がいくつも作られていた記憶がある。

残念ながら映画の方は観る機会がなくここまで来てしまったのだが、 原作小説が書店で平積みされていたのを見かけたので手にとってみた。

ファイト・クラブ〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)

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本作を読み進めていくと、 当時の流行はあくまで本作を表層的になぞっただけの陳腐なものであったように思える。

暴力性の開放も物質至上主義への反逆もあくまでフックでしかなく、 本質は個人的にここ数年もやもやと頭をもたげていた「物語との戦い」という部分なんだと読めた。


救い出してくれ、完璧で完全な人生から―――

本作を象徴するのが、帯にも載せられている主人公のこの独白だろう。

主人公は決して悪くはない生活をしながらもそれに退屈し、患い、 そして知性と粗暴さとカリスマ性を併せ持ったタイラー・ダーデンと出会う。

この前半の強烈な個性に巻き込まれながらもそこに救いを見出す話の筋に、 僕は『涼宮ハルヒの憂鬱』を思い出した。

涼宮ハルヒの大成ーSuper Blu-ray BOXー 初回生産限定版

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どんなにロクでもなくても、「今」を打ち崩せるならそれで良い。

僕は『涼宮ハルヒの憂鬱』の流行というのは、 00年代中盤当時の特に学生から社会を見た時の鬱屈した時代感に非常に合っていた故だと思っているんだけど、 本作の流行についても同等のことは言えるのかもしれない。

もっとも、ハルヒが徐々に社会性を獲得していくのに対してタイラーは反社会性を増していくあたり、 作品の志向するところの違いを感じるところだが。


「タイラー・ダーデン」という物語

作中、ファイト・クラブは次第にブルーカラー労働者の間で流行し、 いつしか秘密結社のような色合いを帯びてその活動は「ブルーカラーの社会への反撃」の様相を見せ始める。

だが、冷静に考えると主人公はホワイトカラーの安定した職に就いており、 その活動に本気で肩入れする理由はないのだ。

主人公は自身を駆動してくれる「物語」を欲していたのだろうと思う。

もはやノれなくなってしまった「仕事して稼いで良い物を買う」という物語に代わる何か。

それは喜劇でも悲劇でも善でも悪でも構わない。

つまるところ人は物語の無い生き方を受け入れられないということなのだろうと解釈している。

「物語」からの解脱を求めながら、別の「物語」に組み込まれていく皮肉。

「階級闘争の戦士」とか「体制への反逆者」とか、 そういういかにもなイタい何かに憧れて一体化してしまう弱さ。

自分で考えているつもりで、結局は誰かの考えた物語にノせられて、 ワケがわからなくなった挙句に暴走して周囲に迷惑を撒き散らしてしまう感じ。

追加収録されたあとがきを読むに、僕なりに解釈するには、 そういうことを痛烈に描いた作品なのだと思う。


ファイト・クラブ [Blu-ray]

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本作の映画はサブスクリプション系のサービスにも乗らないしTV放映もなかなかされないんで観る機会が無かったのだが、 円盤安いし評判からしてハズレということはないだろうし、買ってみるのも良いかもなーと思った今日この頃。