僕はやっぱりこの人が描く「テクノロジーの光」が好きなんだなと再認識させられた!
- 作者:藤井太洋
- 発売日: 2014/02/21
- メディア: 単行本
本作は宇宙テロを題材としたSFスリラー。
エンジニア出身ゆえに地に足の着いたITネタを得意とする著者であり、 今度は「宇宙モノ」ということでどんな話になるのか不安半分ではあったが全くの杞憂だった。
馴染みのあるウェブテクノロジーやラズベリー・パイなどのガジェットを絡めながら、 スペーステザーを巡り、日本・アメリカ・イランと全世界的に展開していくスリリングな物語。
「優秀な人」の描写の豊かさ
本作を読んでいてまず感銘を受けたのが、「優秀な人」の描写の豊かさ。
特殊技能を持つ主人公・和海から典型的なハッカーイメージの明里をはじめとして、 この物語には様々なタイプの「優秀な人」が登場する。
どのキャラクターもそれぞれ全く違った個性を持ちながらも、 それぞれにその優秀っぷりに説得力があるのだ。
考えてみると、実社会においても「優秀さ」は単一の指標ではない。
ある場面での短所が別の場面で長所にもなりうる。
そして、「優秀な人」が必ずしも正解を選びとれはしないところに深みがあるなと思う。
そういう個性が集まり、長所を活かしあうことで集団は最大のパフォーマンスを発揮し、 社会はより良く進歩していくのだ。
最終局面で出てくる和海の「一人になってはいけない」という訴えに重みを感じる。
どんな人間/エンジニアになりたいか
就職なんかでは禅問答のように尋ねられてはさんざん葛藤し、 社会人になりそんな苦痛から逃れられるかと思いきや、 そこでもそれなりに問われる人生の命題。
様々な場面でわかりやすい「何者か」であることを求められ、 有用性の証明をしなければ生き残れない社会。
しかしそれを確立できるほどの能力もなければ、 己の趣向も定まっているわけでもない。
社内の便利屋のようにして働いていると、 果たしてこのままで僕は「何者」になれるのだろうかという不安にかられることがある。
特に進歩の早いIT系のエンジニアをやっていると、 下らない環境で足踏みしている間に世間に置いて行かれ、 自分が無価値な存在になってしまうのではないかという恐れを感じたりもする。
本作の白石のフラストレーションやジャハンシャ博士の焦燥感には正直かなり共感できるものがある。
そんなあやふやな僕からすれば、 己の好きな分野に能力を活かす和海の姿にはある種のあこがれを抱かずにはいられない。
SFというジャンルでは、もはや無邪気にテクノロジーを称え希望ある未来を描く作品は流行らない。
テクノロジーを描きながらも最後にはそれを否定してみせるのがブンガクにおけるヨーシキビになってしまった昨今。
だが、テクノロジーの発展と人の進歩とは切っても切り離せない関係にあるのだ。
リスクとリターンとを比較し、そこに未来の可能性を見出す。
そのあたりのエンジニア的な感覚で描いてみせる著者の作風が僕はどうしようもなく好きなのである。
都会の夜空の星のように、すっかり見えづらくなってしまったテクノロジーの光。
だが確かにそこに光はあって、それに魅せられてエンジニアになったということを思い出した。
追記:本作のテイストが好きな方なら↓も楽しめると思う。