本日公開ということで早速観に行ってきた。
世間的には名監督という評判ながら個人的にはこれまであまりクリント・イーストウッド作品てピンと来なかったのだけれど、本作は(ちょうど読んでた本の関係もあり)グッと来るものがあった。
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シーンを部分的に取り出せば過去の戦争映画の名作を薄めてブレンドした感じだし、全体の表現としても教条的な反戦臭をさせすぎず戦争を賛美しすぎずなさじ加減になっている故にスパッとした感想を持ちにくい。
だが、実在のそれもまだ「歴史」となり風化していない近年の人物を扱い、いかにも「反戦でござい」という表現を避けたところにこの映画の大きな意味がある、と思う。
(僕は「反戦的な作品だけが良い戦争映画である」みたいな固定化した見方は発想の貧困だと思うのだ。)
「歴史」となってしまうと、「行為」に対する評価が固定化されてしまう。
この映画はあくまで淡々と「行為」を描き、決して受け止め方を強要しない。
見る人によって、立場によって、受けとる印象が大きく違うのではないだろうか。
対テロとしてのスナイパー
個人的に地味に衝撃を受けたのが本作のスナイパー像。
スナイパーといえば特殊技能を持ったエリートで、敵地深くに少人数で潜行して敵の要人を暗殺する、なんというか攻撃的な性格を持った兵種なイメージだった。
だが、本作が描く対テロ戦におけるスナイパーは、強襲部隊の後方から周囲を警戒して脅威を未然に防ぐ防御的な役割なのだ。
正確な射撃をすることはもちろんだが、スコープの狭い視界の中で違和感を見つける判断力、そして引き金を引く決断力が求められる。
「160人を射殺した」というのは単にスナイピングの技量の高さの表現ではない。
彼がテロリストであると判定し、断罪した人数なのだ。
直接敵に自分が狙われるわけではないという特性上、「身の危険を感じて」などといった言い訳は効かない。
もし誤ってテロリストではない民間人を撃てば罪を負うことになる。
人間一人が抱えるにはあまりにも重い責任とプレッシャーがのしかかる。
戦争と平和
主人公クリス・カイルは、幼少に厳格な父から「羊を守る牧羊犬になれ、狼になるな」という教えを受けて育つ。
無為な生活を送っていたが、テロ事件のニュースを切欠に愛国心からシールズを志し、そしてアフガンへ。
守れなかった仲間、殺せなかった敵、そして本国の平和な生活への馴染めなさから、その後何度も戦地へ赴く。
本作のテロリスト側の言い分を写さずにあくまで悪辣な敵として描く姿勢に対して戦争肯定だアメリカ万歳だという意見も見かけるけれど、それは短絡的というものだ。
本作が狙いとしてるのは「相手の庭に土足で踏み込むから敵を作る」とかそういう有り体な批判ではなくて、もっと本質的な「実際問題として価値観の相容れない相手がいて、争いが起きている」という現実を描くことなんじゃないかと思う。
安っぽいヒューマニズムで「話しあえば分かる」に収めてしまったら、どうあっても話が合わない価値観を共有しえない存在はどうなるのだろうか?
現実は物語のように俯瞰した視点など持てない。どこまでいっても己の視点からでしか物事は判断できない。
自分から見てどうあっても許容できない者とどう相対すればよいのか。
もはや「どちらが先にやったか」ではない。「話しあえば」解決するものでもない。
世界が狭くなり「戦争さえしなければ平和」ではない時代になってしまっている現実を映しているのだ。
現実として罪もない(もっとも「罪」の意識は非対称なのだが)人々が蹂躙され殺戮されていく。
それに対する「怒り」に駆動されてカイルはライフルを握る。
(このあたりは『フューリー』思いだした。思えば米軍の粗暴さの表現なんかにも近いものを感じる。)
インテリぶって後付けで上から目線の批判して見せても、実際問題として個人の戦場へ向かう気持ちを止められはしない。
民主主義国家である以上、怒りは正当性を持って戦争を駆動してしまう。善良さが必ずしも全体としての平和には結びつかないのだ。
僕が本作を好ましいと思うのは、そんな個人の意思を尊重し、安易な反戦メッセージを混入していないからだ。
そしてあくまで悲惨な現実を示し、その上でどうやって泥沼から抜け出すかを視聴者に問う、そんな作品なように思えた。
社会と英雄
ストーリーは身も蓋もなくいえば「スナイパー版『ハート・ロッカー』」で説明できてしまうところだが、本作は直接命のやり取りをするスナイパーという兵種と、それによる英雄の称号に大きな意味がある。
役割としての「英雄」とは、即ち「社会にとって望ましい犠牲となる」ということなのだ。
(このあたりはちょうど今読み進めてる『パンツァークラウン フェイセズ』とシンクロした。)
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恵まれた技能と類稀な正義感、そしてPTSD。
カイルはいつしか、戦場でしか生きられない人間になっていく。
PTSDものはもはや数多くあるが、本作の場合はそこに「英雄性」が加わっていることが面白いなと思う。
「何者か」であることを強要する社会の緩やかな暴力性。
過剰なほどの正義感と卓越したライフル技術は、いわばキャプテン・アメリカにとっての盾ではなく超人兵士血清であり、カイルが戦いから逃げること・英雄でなくなることを許さない「呪い」なのだ。
そんなわけで、どちらかといえば題材という部分への魅力を強く感じた本作だが、映像表現としても面白いなと思う部分はあった。
冒頭からの不快感を煽る音響、耳障りなドリル音。
そして対極となる無音のエンドロール。
所謂映画的なエンディング感が無いことにより、画面の向こうとこちらが地続きであることを実感させられる。
画面上でもパッと見では分からない、スコープ上のぼやけた敵のスナイパー ムスタファの表現。
スナイパー映画では登場人物の非凡性を示すため、いかに距離感を表現するかという問題があるのだが、これはこの上なく効果的だった。
そして、「怒り」を埋葬するように、全てを覆い尽くす砂嵐の絶望感。
部分部分の切り出しで見れば、シールズの過酷な訓練風景なんかは『フルメタルジャケット』、スナイパー対決は『スターリングラード』、PTSDは『ハート・ロッカー』、対多数の襲撃なんかは『ブラックホークダウン』なんかの方が上手くできてたりはする。
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だけど、題材として、そして総体として、この映画の持つ力には惹かれるものがある。
追記
殺害した犯人についての情報が出てきた模様。
『アメリカン・スナイパー』を殺害した男の壮絶な半生に迫る | Qetic - 時代に口髭を生やすウェブマガジン “けてぃっく”粗暴さと正義感とPTSDって、要素だけ見ると(少なくとも映画で描かれてた)カイルともそこまで違いがないところが興味深い。
2015/03/21 03:43
記事から読み取れる人間性やら生い立ちやらがどこかクリスと近しいように見えるのが興味深い。
紙一重だったという見方もできるし、だからこそあれだけのことが出来たクリスはやっぱり「英雄」だったともいえる。