- 作者: チャールズ・ストロス,酒井昭伸
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/02/25
- メディア: 単行本
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1999年のヒットソングでは空飛ぶ車を未だ見ぬ未来の象徴として代わり映えしない現実を歌っていたが、それから16年経った今でも車は空を飛んじゃいない。
街角を見渡してみても、乗り物や建物のような大きなものには、(多分それぞれに技術革新はあるのだろうけど、門外漢的には)20世紀から隔世の進歩を果たした「これぞ21世紀」といったものは感じられない。
だがその一方で、普通の人々が四六時中スマホでインターネットに接続し、ソーシャルネットワークに下らないつぶやきを書き込み、githubで見ず知らずの人々が協調して何かを作り上げるといったWebの文化にこそ、僕は「21世紀」を感じる。
この辺りは世代によって感覚が違うかもしれない。
僕より上の世代になってしまうとネットは単なる「道具」でしかないかもしれないし、下の世代からするとありふれた「インフラ」としてしか捉えられないのかもしれない。
(『鈴木さんにも分かるネットの未来』にもちょうどそんな話があった)
でも、僕のように少年時代に初めて触れて、そして発展してゆくのを見てきた世代からすると、Webというものは「新たな世界の扉」として感じられるのだ。
本作はそんなWeb的な想像力を下地として紡がれるマックス家三代、九章三部に及ぶ物語。
リアリティある近未来の資本主義経済の行き詰まりの時代からはじまったかと思えば、終いには話のスケールが銀河の果てまで達する。
『楽園追放 rewired』で本作の一章にあたる短編「ロブスター」を読み、ウェアラブルガジェットの想像力やITの身体拡張観、そして何よりオープンソース的な"恵与経済"の思想にかなりグッと来ていた。
そんなわけで手にとってみたのだが、以降の章も失速することなく、むしろ予想以上の想像力の広がりに圧倒させられた。
恵与経済、希少性の存在しない世界の夢想
本作の最初の主人公であるマンフレッド・マックスが信奉するのが恵与経済という主義。
あらゆるアイディアを無償でそれを実現できそうな個人や組織に恵与し、見返りの物品やサービスを受け取り金銭を経由せずに生活する。
「金銭を用いない」という部分だけ聞くと、昨今目にするようになった贈与経済や評価経済といった単語が頭をよぎるところだが、そういった視野の狭い発想とは根本的に異なる。
あらゆる経済は希少性により成立しているのだが、あらゆる物が溢れ自由に複製が可能になれば、それは自ずと成り立たなくなる。
これの流れに対し、複製を阻害する法なり技術なりを用いて立ち向かうか、あるいはハナから複製を前提とした生き方を模索するか。
マンフレッドは人類全体の進歩を見返りとし、後者を選択したのだ。
このあたりの思想性はちょうどエンジニア界隈のオープンソース文化を思わせる。
それもそのはず、作者は元オープンソースプログラマでもあるのだ。
そして章が進み、宇宙的な規模になるにつれて、物質的希少性は意味を持たなくなっていく。
そこでは何が経済を成り立たせるか?
このあたりの想像力が実に圧巻であった。
異種知性体、ポストヒューマン
本作では第一章のロブスターをはじめ、多くの異種知性体が登場する。
(ググってみて知ったのだが、「ロブスター」が俗語でノロマや馬鹿を意味するあたり面白い)
そして人間自身が物質的にも精神的にも変容していく。
価値観が時代や場所で変わるのは必然だが、俗なSFだとこのあたりの異種知性が妙に人間的な価値判断をしていて萎えたりする。
このあたりの発想が、本作ではひと味もふた味も違う。
知性化されデジタル情報となったロブスターは何を求めるのか?
死にながらも生き続ける記憶となったフランクリンは何を思うのか?
見事な訳
さて、そんな本作の魅力を損なわない翻訳はまさに技ありとしか言い様がない。
先に述べた異種知性体を始め、フランスなまりやロシアなまりなど、相当に翻訳しずらかったであろう台詞が多く出てくるのだが、それらのニュアンスが読んでいてちゃんと伝わってくる!
解説でも述べられていることではあるが、このような作品を母語で読めることを本当に幸運に思う。
タイトルの通り、徐々に加速していく未来像とその中で形を変える人々。
圧倒的な想像力で綴られた、実に満足感のあるSF作品だった。
- 作者: チャールズ・ストロス,酒井昭伸
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/02/25
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