そんな今日この頃でして、、、

コード書いたり映画みたり。努力は苦手だから「楽しいこと」を探していきたい。

『伊藤計劃トリビュート』感想

「伊藤計劃」の文字を紙面で見かける機会も増え、 来月からは映画が三本連続公開とすっかり一大キャンペーンといった様相の今日この頃。

「わずか数作を出版したのみで早逝」「作品自体が『死』に密接なテーマ性」と作家性自体がドラマチックで否が応でも目を引くわけだが、 そこに人の死の商業利用の匂いがして少し心に引っかかりを感じたりもする。(まだ十年も経ってないんだよな・・・)

有り体な「死者は安らかに眠らせてやれ」という思いと「作家として本望だろう」という思いの両方が同時に浮かぶところではあるが、 別に僕が実際の氏を知っているわけでもなし、勝手に思いやってみたところで何の意味もないのだろう。

いずれにしろ死者に遺志はあれど意思はないし、そもそも遺志だって解釈次第なわけで、 僕ら一SFファンとしては現象としての「伊藤計劃」をただただ楽しむより他にない。


伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 王城夕紀,柴田勝家,仁木稔,長谷敏司,伴名練,藤井太洋,伏見完,吉上亮,早川書房編集部
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/08/21
  • メディア: 文庫
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さて本作は氏がテーマとしていた「テクノロジーが人間をどう変えていくか」という題材に寄せて氏に影響を受けた作家たちが書いた短篇集となっている。

氏の作品のオマージュとなっているものもあればテーマ性が近いだけで特に「寄せた」わけではないものも含まれているが、 どれも氏の作品のファンであれば楽しめるものなのではないかと思う。


公正的戦闘規範

近未来、ドローンによるテロが頻発している中国を舞台としたSFアクション。

非対称性と暴力の連鎖というテーマ設定は『虐殺器官』の中盤の描写を髣髴とさせられる。

最新の技術動向を取り入れたストーリーテリングが持ち味の藤井太洋氏らしく、 スマホやドローンといったガジェットが物語のキーとなっているのが興味深い。

機械学習の「教師あり学習」をかじってるとより楽しめる。

ただ、肝心の物語の収めどころについてはちょっと納得感が薄い気がした。

一方的に提供される「公正さ」に従うほど人間は愚直ではないだろう。

この著者のテクノロジーに希望を持たせてくれる作風は基本的には好きなんだけど、 地に足のついたテーマを扱った方が良い気がするんだよな。

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仮想の在処

電子化された「姉」と妹の物語。

「電子的な存在に人格を認められるか」は古くからあるSFの一大テーマなのだけれど、 それを実に現実的なシチュエーションで描いていて面白かった(というか切なかった)。

『トランセンデンス』みたいに超人化するかといえばそんなことはなくて、 当然ハードウェア(とそれに伴う経済状況)の制約を受けることになる。

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ネットワーク接続と演算処理による利便性と同時に、埋めがたい身体性の喪失があるわけで、 必ずしも生身の人間と同様の認識を持てるわけではない。

処理速度による時間の遅延する感覚あたりは『楽園追放』を思い出すところ。

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身体性と生きる「世界」の違いみたいなところの切なさは『her』を思い出した。

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南十字星

ハヤカワSFコンテストではペンネームに、そして風貌に度肝を抜かれた柴田勝家氏の作品。

ニルヤの島 (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

ニルヤの島 (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

脳の電子的拡張「自己相」によりほとんどの人類が共通認識をもった時代が舞台とし、 そこに取り残された「異民族」を共通化していく任務を帯びた部隊の軍属学者を描いた作品。

設定からして実に「伊藤計劃的」で、『虐殺器官』・『The Indifferent Engine』・『ハーモニー』の要素が感じられた。

未明の晩餐

的確に美味しい要素を突いてくる印象な吉上亮氏の作品。

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死刑囚への最後の晩餐を調理する料理人の物語。

ちょっと前に読んでいた『PSYCHOPASS ASYLUM1』も料理がモチーフになっていたし、 得意な要素なのかもしれない。

PSYCHO-PASS ASYLUM 1 (ハヤカワ文庫JA)

PSYCHO-PASS ASYLUM 1 (ハヤカワ文庫JA)

個々の描写については実にアニメ的で読者をノセるのが上手いなとは感じるのだが、 全体としてはあまり印象に残らなかった・・・

にんげんのくに

文明の無い世界での”人間”社会と”異人”の物語。

『セカイ、蛮族、ぼく。』を思わせる、「暴力」というコミュニケーションと文化の相対性がテーマ。

我々が「人間性」としているものも所詮は文化の産物であり、 所属する社会でいくらでも変容しうるものなのだ。

前提を取り払う想像力というのがSFの醍醐味だよなぁなんてことを改めて感じさせられる一作だった。

ノット・ワンダフル・ワールズ

Apple社を思わせる巨大企業と、その企業の運営する都市を舞台としたサスペンス。

後半からの怒涛の展開にハラハラさせられっぱなしだった!

どう感想を述べてもネタバレになりそうなのだが、 とにかく結末の同種のSFに対する皮肉のような文章には「ですよねぇ」。

フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪

タイトルから察せられるように『屍者の帝国』のオマージュ作品、魂の存在証明の物語。

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あの屍者が駆動する世界にワクワクできた人なら楽しめること請け合い。

このエントリの冒頭で述べたように、「伊藤計劃」という存在について考えていると、 (特に『屍者の帝国』について考えていると)、「死者の意思」というものに思いを馳せることになる。

だが、そもそも生者においても「意思」は確かなものなのだろうか。

怠惰の大罪

キューバを舞台とした、とある麻薬密売人の成り上がりと、米国の支配と、AIの物語。

実のところ『EDEN』を読んで以来、「マフィアと麻薬」という舞台装置が大好物だったりする。

EDEN(1) (アフタヌーンコミックス)

EDEN(1) (アフタヌーンコミックス)

「善と悪」、「理屈と人情」。

これは全くの飛躍ではあるが、「貧しさとは価値の見いだせない時間をしいられること」あたりは 新卒のブラック企業で働いてした頃の実感とダブるところがあってすごく琴線に触れた。

本作は長編の1章を収録ということなのでテーマ性が見えてきたところで終わりなのが残念なところだが、 全編が発売されたら是非読んでみたいと思った。

作者の長谷敬司氏については『BEATLESS』のテーマ設定の鋭さには感心した反面で、 ラノベ的なキャラ描写のくどさに馴染めなくて積んでいるところだったのだが、 本作の重厚感をみると作風の幅広さに驚かされる。

BEATLESS

BEATLESS


商業的存在と化した「伊藤計劃」についてどう思うかはひとまず置いておくとして、 それをきっかけとしてこのような知らなかった作家の作品に触れられる機会ができたことには素直に嬉しく思う。

ボリュームもバリエーションもあり、実に満足感のある一冊だった。


それにしても今月は「伊藤計劃」一色だなー。

SFマガジン 2015年 10 月号 [雑誌]

SFマガジン 2015年 10 月号 [雑誌]

蘇る伊藤計劃

蘇る伊藤計劃

書き下ろし日本SFコレクション NOVA+:屍者たちの帝国 (河出文庫)

書き下ろし日本SFコレクション NOVA+:屍者たちの帝国 (河出文庫)


追記

トリビュート2も出るっぽい。

伊藤計劃トリビュート2 (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート2 (ハヤカワ文庫JA)

楽しみ。